<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" version="2.0"><channel><title><![CDATA[レムリアの虹]]></title><description><![CDATA[レムリアの虹]]></description><link>https://www.lemuria8.co/blog</link><generator>RSS for Node</generator><lastBuildDate>Fri, 02 Oct 2026 10:52:43 GMT</lastBuildDate><atom:link href="https://www.lemuria8.co/blog-feed.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><item><title><![CDATA[「 レムリアの仲間へ 」]]></title><description><![CDATA[あなたに会えることをどれほど待ちわびていることでしょうか。 辿ってきた道のりはきっと平坦なものではなかったのではないでしょうか？ 私たちはあの時に約束をしました。 ふさわしい時期が訪れたとき、再会をはたし地球のためにレムリアの光を解放することを。 地球のどこにいても、わたし達は共にいます。 お水を飲んで、できるだけ健康によい食べ物をとって、こころを整えて。 レムリアのクリスタルもその時がくるのを待ちわびているはずです。 大いなるお方を深く愛するレムリアは、終わりと始まりではたらきます。 あの時共に、この役目をもって地上にきたレムリアの仲間たちが 皆、全員レムリアと再会し、約束をはたすことができますように。]]></description><link>https://www.lemuria8.co/post/%E3%80%8C-%E3%83%AC%E3%83%A0%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E4%BB%B2%E9%96%93%E3%81%B8-%E3%80%8D</link><guid isPermaLink="false">6a813546a7a7d1a936d6431a</guid><pubDate>Sun, 16 Aug 2026 04:53:08 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/a1fbee3435994778b2b777d85172002f.jpg/v1/fit/w_1000,h_1000,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>shigeyo</dc:creator></item><item><title><![CDATA[「 閉じて光らないもの 」]]></title><description><![CDATA[スピリチュアルな意味において、「力を奪われた」状態というのは、神を思い出し、 こころにとり込んでいくことが難しい魂の状態のことだと私は思っています。 どういうことかと言うと、大いなるお方の愛を思い出してもすぐにしぼんで消えてしまい、思い起こすことが難しい。 神聖な神の気配のあるものに触れても、それを理解することができず、こころに入っていかないなどの状態です。 それは過去生で、幾多の困難な経験をしてきたからだと思いますが、もし過去にこのような状態にあった人または今もそうである方が、光の道を見つけ歩んでいるのであれば、その人は大変強い人で褒め讃えられる人だと思う。 微かにでも光を思い出すことができるのであれば、大いなるお方に通じる回路はつながっている。そこから光が入ってくるし、アセンションへの道が進んでいなくても気にすることはない。 自分を労り、天使や光の存在たちに癒してもらえばよいのだ。 天界の方々皆んな、あなたを讃えて大いに喜ぶでしょう。 「閉じて光らないもの」のなかに光がある。 その光は今は開かない。 光の道の行き先は、まだはるか彼方だが、「閉じて光らないもの」はそこにつながっ...]]></description><link>https://www.lemuria8.co/post/%E3%80%8C-%E9%96%89%E3%81%98%E3%81%A6%E5%85%89%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E3%82%82%E3%81%AE-%E3%80%8D</link><guid isPermaLink="false">6a7f2077832a24efe447b9a8</guid><pubDate>Fri, 14 Aug 2026 14:45:51 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/11062b_3d66addf2db04669ad87623484e4add7~mv2.jpg/v1/fit/w_1000,h_1000,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>shigeyo</dc:creator></item><item><title><![CDATA[「 はざま石 」]]></title><description><![CDATA[あるとき、突然「はざまいし」という言葉が入ってきた。 全く聞いたことがない知らない言葉だったので、これは私に何かを教えるために降りてきた言葉だと直感した。 調べていると、ずいぶん昔の日本の民家の建築様式を紹介しているページに出会った。 素朴な作りの古い木造家屋の写真が載っていて、「狭間石」についての説明が書かれてあった。 柱の礎石の間に置かれている粗い石のことで、地面の下に並べて置かれることもあり、その上に置かれる石を安定させ家屋の基礎を強固なものにする働きがあるのだそうだ。 開かれた愛に向かうには、人生の課題やカルマを整理しなくてはいけない。 願いがあるから、過去の囚われたものを愛や感謝に変えていくことができる。 願いが生れるのも、アセンションの道を進んでいかれるのも「苦しみ」があるからだ。 「苦しみ」は、アセンションのプロセスにおいて欠かすことができない大事な構成要素です。 こんなにアセンションのプロセスに貢献しているのに、「苦しみ」を持って開かれた愛には行かれない。 アセンションを先ほどの古い民家に例えると、開かれた愛に向かうことができるのは、窓があり陽の入る部屋のある上の...]]></description><link>https://www.lemuria8.co/post/%E3%80%8C-%E3%81%AF%E3%81%96%E3%81%BE%E7%9F%B3-%E3%80%8D</link><guid isPermaLink="false">6a7ea2889eafd9eb8e5b8663</guid><pubDate>Fri, 14 Aug 2026 06:13:28 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/b4b022_0f5ce84a197f40c592dd64520dcd2d90~mv2.png/v1/fit/w_1000,h_768,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>shigeyo</dc:creator></item><item><title><![CDATA[レムリアの虹]]></title><description><![CDATA[私のスピリチュアルな道の過程で、イニシエーションと思われるような経験が何度もありました。 精神的な進展が起きる前には、必ずと言っていいほど、試験のように人生の課題を突きつけられ試されることがありました。 アダマがいう「善き人間」になろうと歩む道のりは、いつも心地よいものとは限らない。 忍耐と良い意味でのいい加減さが必要だと思います。 自分を愛することは大いなるお方への愛であり、美しいもの、善を好むことは大いなるお方を愛することだと思います。 しかし、私はきれいな言葉で表現することはできますが、身口意（行動、言葉、心）において、自分が本当にそのようにしているかといえば、残念ながら決してそうとは言えません。 虹を見るためには、いくつかの条件が揃っていなければ見ることはできないのだそうです。 自分が虹を見るためには、太陽の位置、空気の状態、そして太陽の位置と自分の目の角度が42度になる場所にいることが、虹が見える条件なのだそうです。 レムリアの虹は、見晴らしのよい場所から見えるものです。 そして、全ての条件が揃って、開かれた愛が現れてくるのだとアダマから教わりました。...]]></description><link>https://www.lemuria8.co/post/%E3%83%AC%E3%83%A0%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E8%99%B9</link><guid isPermaLink="false">6a64959410a4941c07266948</guid><pubDate>Wed, 29 Jul 2026 12:44:06 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/b4b022_9f26112f50794854a4b6aede6a05fd33~mv2.jpeg/v1/fit/w_1000,h_1000,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>shigeyo</dc:creator></item><item><title><![CDATA[家族]]></title><description><![CDATA[家族という魂の集まりは、この世に生まれる前に学びのための役割をそれぞれに持って、生まれてきていると言われています。 父や母、兄弟姉妹の魂は、その役割を演じて家族という関係の中で私と共に今生を生きているということです。 家族という場は、愛の形が作られる最初の場であり、人とのつながり方を身につけていく ところです。 自分がこの世界に生きているのは両親がいたからです。 開かれた愛に向かうには、それぞれの役割を持った家族達と和解しなければなりません。 自分がどんなに苦しい人生を過去に送ってきたとしても、例外はなく、わだかまりの心を 感謝と愛に変えていかなくてはなりません。 大いなるお方は、愛と善と美しかなく、わだかまりというものはないので持っていかれないのです。 では、過去に受けた傷があまりに深く癒えない魂は、自分をひどく傷付けた魂に対して、 愛と感謝の気持ちをどうやって持てば良いのでしょう？ アセンションの扉を開けることはできるのでしょうか？ 「扉が １cm 開いただけだとしても、扉を開いたことに違いはない。あとは少しづつその扉を通って行かれるようにしていけばよい。」...]]></description><link>https://www.lemuria8.co/post/%E5%AE%B6%E6%97%8F</link><guid isPermaLink="false">6a65658710a4941c07289d6b</guid><pubDate>Wed, 29 Jul 2026 12:26:55 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/11062b_f0e78e0933d84ad986f99ca7822bef06~mv2.jpg/v1/fit/w_1000,h_1000,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>shigeyo</dc:creator></item></channel></rss>