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​私のスピリチュアルな旅

11年前2015年7月、天使の誘いによって私はレムリアンシードクリスタルを持つようになった。

それまでの私は、さまざまなトラウマを抱え生きづらさを感じて暮らしていた。

私を苦しめているものは何かを知ろうと、内面に目を向けていくことは当時の私は辛くてできなかった。心の傷を見つめる霊的体力がなかったからだった。

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レムリアクリスタルが届いた日の夜、私とコンタクトをとろうする何かの存在を感じた。

スピリチュアルな知識は余りなかったが、気味悪さを感じることはなく私は自然にうけいれた。

その存在は「アダマ」と名乗り、今に至るまで私と共にいます。その当時「アダマ」という名前も私は知らなかった。

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アダマは「あなたはレムリアの仕事をする役目を持っている。」と私に告げた。

私に起こった現象が何なのかよく分からないまま、私はアダマ達、光の存在とともにスピリチュアルな道を歩み始めた。

ある時アダマは、「あなたがそこに向かおうという意思がなくても、気が進まなくてもあなたはそこに運ばれていく。」と、私に言った。

本当にその通りで、私に自由意志は余りなかったように思えた。でもそれは、大河の流れのように抗うことができないものであったし、抗う気持ちも起きなかった。

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浄化が始まり、何度も何度も私を縛りつけていたトラウマを解放してきた。長年自分の皮膚のように深く染み込んでいたエネルギーを引き剥がすのは時間がかかった。

蜘蛛の糸のようにしつこく、「ここから出られない」という絶望感が心の奥底にあることを、私に思い出させた。

自分の人生で何かが起きるたびに「善き人間になりたい」と熱望するのと同時に、絶望と無力さも感じていた。

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ずっと昔から「ここから出たい」という漠然とした、でも強い思いがあって、また、「幸福になりたい」という思いもあった。時々浮かんでくるそれらの思いは、淡くぼんやりとして長続きせず、現れてもすぐに消えていってしまうものだった。

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今、その願いは叶えられてきています。

そうなっていったのは、アダマや天使達、大天使達、天界の偉大な存在達の愛と光のお陰だと思っている。光の存在達は、少しづつ私を覆っていた厚い雲を晴らしていった。

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アダマや光の存在は、私には与えられた役目があると何度も私に言った。

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私の辿ってきたこの道は、不安や心配はたくさんあったが、それが何かを求めながら「天の仕事」を私が受け入れていく道のりであったし、自分は本当は誰なのかを知ることでもあった。 

また、「幸福」とは何かを求めていく旅でもあった。

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その当時、なぜ私は、よく理解できない目に見えない得体の知れない存在の言うことに従って行ったのかと言うと、それはアダマ達が、私を「ここ」から出してくれる予感がしたからだった。

幸せになれる道筋を、私に分からせてくれる気がしたからです。

私がアダマについて行ったのは、それが動機だった。

これは現実界を生きづらさを抱えて生きてきた「普段の私」の気持ちです。

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もう一人、私の中に「暗い過去生を生きてきた霊的な私」がいて、その私は、アセンデッドマスター達の言葉を聞いて、嬉しくて泣くことが時々あった。 「私ではない、別の私がそう感じている」という感覚だった。

それは暗い過去を歩んできたもう一人の私が、「美しい言葉、善き言葉」にやっと触れることができて、救われた気持ちがしたからだと思っている。

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「ここから抜け出て幸福になりたい。善き人間になりたい」と私が漠然と感じていた思いは、「過去を生きてきた私の霊」が、長く暗い道を歩みながら決して手放さず、握りしめてきた希望だったのではないかと思っている。それは、約束を果たすため、待ち望んでいた再会を果たすためだと、今の私はそう理解している。

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アダマ達が私から離れずにいるのは、はっきりとした目的があるからです。

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「レムリア人が存在しているとされる地下都市テロス」について、アダマは最近まで私に意識を向けさせなかった。

レムリアンシードクリスタルは、持ち主の元に帰るとどこかで聞いたことがある。

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それぞれに天から与えられた光の使命を持ち、アセンションに向かうためカルマを整えて、トラウマの鎖を解き放ち、自己浄化の道を進んでいくライトワーカーの人たち。

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アトランティスの記憶を持つ方々、レムリア人であった記憶を持つ人たち。

​地球のアセンションのために、皆同じく大いなるお方の愛に眼差しを向けていると私は思っています。

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​スピリチュアルな旅は、どの地点にいても自分自身を知っていくことで本当の自分を見つける旅だ。

​私は、まだ本当の自分に、本当には会っていない。

私のスピリチュアルな旅はこれからも続いていくが、今この地点で私の辿ってきた道を振りかえると、「私は何者か」を知るために敷かれたレールを歩いてきたのだと思う。

私の内的世界と現実世界とを一つにしていく旅だったとも言える。

決して楽な道ではなかったけれど、ユーモアがあって豊かな経験ができた11年だった。

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私はやっと、自分にふさわしい居場所にたどり着いた。​

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