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レムリアの虹

7月29日
読了時間: 2分




私のスピリチュアルな道の過程で、イニシエーションと思われるような経験が何度もありました。


精神的な進展が起きる前には、必ずと言っていいほど、試験のように人生の課題を突きつけられ試されることがありました。


アダマがいう「善き人間」になろうと歩む道のりは、いつも心地よいものとは限らない。

忍耐と良い意味でのいい加減さが必要だと思います。


自分を愛することは大いなるお方への愛であり、美しいもの、善を好むことは大いなるお方を愛することだと思います。


しかし、私はきれいな言葉で表現することはできますが、身口意(行動、言葉、心)において、自分が本当にそのようにしているかといえば、残念ながら決してそうとは言えません。




虹を見るためには、いくつかの条件が揃っていなければ見ることはできないのだそうです。


自分が虹を見るためには、太陽の位置、空気の状態、そして太陽の位置と自分の目の角度が42度になる場所にいることが、虹が見える条件なのだそうです。




レムリアの虹は、見晴らしのよい場所から見えるものです。


そして、全ての条件が揃って、開かれた愛が現れてくるのだとアダマから教わりました。


しかし、全て完璧に充分に備わっていなければならないわけではないようです。



「善き人間」になろうとする道を進んでいる人は、熟達した人であっても初心者でも皆全て目的の地に橋がかかるとアダマは言います。



ですが、必ず持たなければならないものがあります。


それは、レムリアの光を受けとることです。







 
 
 

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